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吉野化成 株式会社

吉野化成 株式会社

フィルム製造

「医者は毎年8,000人誕生するが、この町工場を継げるのは自分しかいない」

写真右:吉野 高典 氏  吉野化成株式会社会長。日本大学医学部卒業後、外科医として勤務。2000年頃に実父の病をきっかけに退職し、吉野化成を継承。2024年11月にNYC株式会社へ事業を承継し、現在は会長職を務める。

外科医という安定した道を捨て、家業へ。

私はもともと、大学病院の外科医として働いていました。
一人息子でしたので、いつかは実家の会社を継ぐという思いもありましたが、高校生の頃、「ゼロから会社を大きくした父を、同じ土俵で超えることはできない」と感じ、別の道である医学部を目指したんです。

転機は、父が心臓の病気で倒れ、死にかけたことでした。
幸い意識を取り戻しましたが、父がボソッと「後取りがいないから、会社を売ろうと思っている」と漏らしたんです。

その時、ふと考えました。医者は毎年8,000人ほど誕生し、私の代わりはいくらでもいます。
しかし、「吉野化成」という町工場を継げるのは、世界で自分一人しかいないんじゃないか。
そう思い至り、医者を辞めて実家に戻る決断をしました。

▼YouTubeインタビュー

「10ミクロンの重み」を知った現場修業

実家に戻った当初は、他の社員と同じように24時間体制のシフトで夜勤に入ったり、機械のオペレーターとして働きました。
父は「作り方さえ分かれば、一人になっても食べていける」という考えの人でしたから、まずは作ることから始めました。

この経験は、経営者になってから非常に生きました。
私たちが作るプラスチックフィルムは厚さが10ミクロンもありません。
しかし、その薄い製品を作るのにどれだけの苦労があるかを知らなければ、安売りをしてしまいます。
現場を知ることは、適正な価格で営業を行うための土台となりました。

その後、品質管理のISO取得に奔走し、ようやく父に認められ始めた矢先、父が脳梗塞で倒れ、急逝しました。
十分な引き継ぎもないまま、葬儀の翌日から社長業をこなす日々が始まりました。

なぜ、「NYC」を選んだのか

社長就任以来、「停滞は退歩である」という理念を掲げ、会社を守ってきました。
しかし、自身の引退を見据えた時、息子が別の道を選んだことがきっかけとなり、M&Aという選択肢を具体的に考え始めました。

多くの選択肢がある中でNYCを選んだ理由は、まず私たちの条件をしっかりと受け入れてくれたこと。
そして何より、経営陣の「真剣さ」です。

最初にお会いした時、平均年齢32歳(当時)という若さに驚きました。
世間的には「地に足がついていない」と見られがちな年齢かもしれませんが、彼らは違いました。
いわゆる「ファンド」という言葉から連想されるような派手な雰囲気は一切なく、非常に真面目で、地に足をつけて物事を見ている。
この人たちなら任せられると直感しました。

承継から半年。後悔のない「今」

2024年11月に事業を承継して約半年が経ちました。
私は今、一歩引いた会長という立場で見ていますが、後悔は全くありません。

NYCのメンバーは非常にシステマチックに動いています。
定期的な会議でも、無駄な時間はなく、しっかりとした情報交換や血の通った提案が次々と行われています。
それを見て、「あぁ、ちゃんと会社を見てくれているんだな」と安心しています。

事業承継を考えている他の経営者の方に伝えたいのは、NYCのような若い力のポテンシャルは計り知れないということです。
彼らは単なる利益の追求だけでなく、小さな会社であってもその技術や雇用をしっかりと守り、残していく姿勢を持っています。

NYCには、2027年までに100件の投資を行うという目標をぜひ達成してほしい。
日本中の素晴らしい仕事が、彼らの手によって未来へつながっていくことを期待しています。